地味にきつかったのは、愚痴を吐き出す相手がいないことでした
育休中、一番つらかったことは何かと聞かれたら。
夜泣きでも、睡眠不足でもなく。
話せる相手がいないことだと、私は答えます。
妻は、児童館に行くたびに、自然とママ友との会話が生まれていました。連絡先を交換して、次に会う約束をして。帰り道、今日あったことを楽しそうに話す妻を見ながら、私はというと、隣に座っていても、誰かと会話が始まることは、ほとんどありませんでした。
「なんでこんなに違うんだろう」
育休中、ずっと頭の片隅にあった疑問です。今回は、その理由について、自分なりに考えたことをお話しします。
ママ友はできるのに、パパ友はできない理由
そもそも「場」の数が違う
自治体や児童館が主催する子育てイベントを見ていると、ママ向けの企画は本当にたくさんあります。ベビーマッサージ、離乳食講座、ママ同士の交流会。カレンダーが埋まるくらい、選択肢がありました。
パパ向けのイベントも、ゼロではありません。実際、何度か探して見つけたこともあります。ただ、数で比べると、圧倒的に少ないんです。
月に何本もあるママ向けの企画に対して、パパ向けは数ヶ月に一度あるかないか。選択肢の数そのものが違う。これでは、出会える確率にも差が出て当然だと感じました。
実際に、パパ向けのイベントに参加してみたこともあります。それはそれで、貴重な時間ではありました。ただ、単発のイベントだと、その場限りの会話で終わってしまうことが多く、継続的な関係にまではなかなか発展しにくいという難しさも感じました。ママ友の関係が、児童館での日常的な出会いの積み重ねから自然に生まれているのに対して、パパの場合はそもそも「積み重ねる場」自体が用意されていない。そんな違いがあるように思います。

児童館に行くと、パパはいつも少数派
平日の児童館。ママと赤ちゃんの組み合わせは、たくさん見かけます。
その中で、パパの姿は本当に少ないんです。10組いたら、パパは1組いるかいないか、というくらいの感覚でした。
たまに他のパパを見かけると、正直ちょっとほっとする。目が合って、会釈だけする、ということもありました。でも、話しかけるきっかけもなく、結局そのまま終わってしまう。そんな日が続きました。
同じ立場の人と出会う確率自体が、そもそも低い。これが、パパ友ができにくい一番の理由なんだと思います。誰かのせいでも、自分のコミュニケーション能力のせいでもなく、単純に「場」と「人数」の構造の問題だったんだと、今なら思えます。
それでも当時は、「自分から話しかけられない自分が悪いのかな」と、少し自分を責めていた時期もありました。人見知りな性格ではないつもりだったので、余計にモヤモヤしていたのを覚えています。
無理をしている自覚は、なかったんです
育児をしながら、正直「自分は大丈夫だ」と思っていました。
無理をしているつもりは、なかったんです。むしろ、娘といる時間そのものは、幸せだと感じていました。
でも、ふとした瞬間に気づくんですよね。
なんでもない瞬間に、ふっと疲れが押し寄せてくる。皿を洗っている最中や、娘が昼寝している間の静かな時間に、自分でも予想していなかったタイミングで、涙が出そうになったこともあります。
「疲れてるのかな、自分」
そう気づいた時には、もう結構たまっていた、という感覚でした。誰かに話せば、少しは楽になったはずです。でも、その「誰か」が、周りにいませんでした。
妻に話せばいいと思われるかもしれません。もちろん話すこともありました。ただ、妻自身も同じように育児で疲れている中で、お互いの疲れをぶつけ合うだけになってしまうこともあり、それはそれで難しさがありました。第三者に、少し引いた立場で話を聞いてもらいたい。そんな気持ちが、ずっとどこかにあったんだと思います。
以前の記事(育休に入る前、やっておいてよかったこと・やっておけばよかったこと)でも書きましたが、「気軽に話せるママ友・パパ友を作っておくべきだった」というのは、今振り返っても一番強い後悔のひとつです。育休に入る前に、もっと積極的にそういう場を探しておけばよかったと感じています。
学生時代の友人と飲んで、初めて楽になった
そんな中、救われた瞬間がありました。
年に数回程度、学生時代の友人と飲みに行く機会があったんです。その友人も、同じようにパパになっていました。
同じ立場の人間と、育児の話をする。
それだけで、こんなに気持ちが軽くなるものかと、正直驚きました。「分かる、それあるよね」と言ってもらえるだけで、抱え込んでいたものが、すっと軽くなっていく感覚があったんです。夜泣きの話も、疲れの話も、愚痴とも呼べないような些細なことも、全部話せる。それだけで、こんなに違うものかと思いました。
不思議なもので、解決策を教えてもらったわけではないんです。「大変だよね」と共感してもらっただけ。それだけなのに、翌日からの育児が、少しだけ軽く感じられました。誰かに分かってもらえているという感覚が、想像していた以上に自分を支えてくれていたんだと思います。
年に数回という頻度は、決して多くありません。それでも、その数回があったからこそ、乗り越えられた時期があったのは間違いありません。
育休中は、孤独感だけでなく、お金の不安も正直ありました。そのあたりの話は【体験談】パパ育休を1年以上取得して分かったお金と子育てのリアルにまとめているので、気になる方はあわせて読んでみてください。孤独もお金も、一人で抱え込まずに、少しずつ言葉にしていくことが大事なんだと、育休を通して学んだ気がします。
同じように孤独を感じているパパへ
ママ友ができて当然、パパ友ができなくて当然。
そんな環境の違いが、そもそもあるんだと思います。だから、パパ友ができないことを、自分のせいだと思わなくていいと、今なら言えます。当時の自分に伝えられるなら、「場の数が違うだけだから、気に病まなくていいよ」と声をかけてあげたいくらいです。
もし今、同じように話せる相手がいないと感じているなら。年に一度でも、数回でも構いません。同じ立場の人と話す機会を、意識してつくってみてください。SNSで同じ境遇の人とつながるのも、一つの方法だと思います。学生時代の友人のように、すでにある人間関係の中に「同じ立場の人」を見つけられるなら、それも十分な選択肢です。
その数回が、想像以上に支えになることを、私は身をもって知りました。
同じように育休中の孤独を感じているパパを、心から応援しています🙂


